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塾長日記

本来、学校教育は

超多忙でブログを書く時間がなかなかありません。

 

受験生はある程度自分で出来るレベルになったので、

あとはポジティブシンキングで乗り切ることを考えます。

もちろんチャレンジングな入試は、どっちに転がるかはわかりませんから

「いける!」という精神状態をもって本番をむかえさせます。

難関は「やるべきことをやって天命を待つ」です。

 

 

 

ここ最近、大企業が40代でリストラをするようになっていて、

いまだに生徒たちが、ただ「いい高校」「いい大学」を目指すために勉強し

「何のスキルもないまま、リストラされたらまずいのでは?」と考えるようになりました。

こうなると「いい大学へ〇百万支払って、入学させる価値があるのか?」ということは

よく考えねばなりません。

 

人手不足で売手市場とはいえ、就活が甘くなったということは一切ありません。

現実には、技術系やプログラミングのスキルがない場合

コミュニケーション能力がなければ就活勝負の土俵にものれません。

文系では「外国人と交渉が出来る」を前提としているような企業もあります。

大学生が多くなったのと、何社も受けられるようになったので競争倍率がすごいことになり、同じ人が合格するようになっているという

首都圏の私立大学受験と同じようなことが起きています。

 

 

 

「外国人と交渉が出来る」となると、英語力必須ですが

日本の英語教育を受けただけで話せるようになる人は、ほぼ皆無でしょう。

日本では英語を使わないと生きていけない環境にないから。

あとは英語の授業にワクワク感がないから。なぜか?それは

 

 

文科省の英語を学ばせる目的が「金の話」と「競争の話」であり

つづいて「格付け」の話になり

相手の国や相手の文化を理解するために言語を学ぶのではなく

日本のお役に立つために英語を学びなさい!ということになっているから

 

 

文科省の「英語が出来る日本人」の育成のための行動計画の策定についてには、このような記載があります。

「今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を越えた移動が活発となり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際的な経済競争は激化し、メガコンペティションと呼ばれる状態が到来する中、これに対する果敢な挑戦が求められています。

まず「金の話」と「競争の話」

 

つづいて

このような状況の中、英語は、母語の異なる人々をつなぐ国際的共通語として最も中心的な役割を果たしており、子供たちが21世紀を生き抜くためには、国際的共通語としての英語のコミュニケーション能力を身につけることが不可欠です。現状では日本人の多くが、英語力が十分でないために、外国との交流において制限をうけたり、適切な評価が得られないといった事態も起きています」

このような「格付けの話」です。

 

 

英語が出来ないと「制限を受けたり」「適切な評価が得られない」と脅しをかけているだけ。

そんなこと日本人の誰もが知っていること。

これでやる気でますか?

少なくとも外国語学習の動機づけとして記載する文章としてはひどいものです。

相手の国に対する興味や、相手の国の文化に対する敬意は全くありません。

そこ抜きで外国語が出来たとしても、ただの翻訳機と同じ。

今なら3万円程度で購入できるでしょう。

日本はやってくるインバウンドの外国人は「ポケトーク」のようなもの持ってますからね。それで十分通用します。

 

 

なんでこうなっているかというと

日本の学校のモデルは、やはり軍隊と刑務所だから。

 

子供たちを追い込んで不安にさせて、恐怖感を動機にして「やりたくないこと」を無理強いすることは可能です。

軍隊の新兵訓練とはそういうものだったから。

恐怖をばねにすれば、自分の心身の限界をこえて爆発的な力を発動させることは可能ですが、

それは「やりたくないこと」を無理強いさせるために開発された政治技術。

部活の指導者にも、そういうやり方を好む人は、まだいますね。

 

 

でもこれの意味することは

「子供たちは英語を学習したがっていない」ということが前提であるということです。

だから「いやなこと」を強制するために「経済競争」「メガコンペティション」「適切な評価」のような言葉で脅しをかけているように見える。

 

 

本来、学校教育は「それぞれの子供がもっている資質を開花させるのを支援する」ことが仕事ではないか?

と思うのですが、残念ながらそうはなっていないようです。

自然に個性や才能が開花してゆくことを支援すればいいのに、恐怖や不安や脅迫が必要なのでしょうか?

 

 

だから

今の状態でいくら制度を変えても、迷走し続けるでしょう。

結局、利権を守りたいがために生徒が振り回されているようにしか見えないのです。

 

とくに公教育はその色合いが濃い。

これが日本の教育の由々しき問題なんです。

 

偏差値や成績って、

本当にその人の能力を評価しているものではないですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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